2003-03 – スイツチ – Switch
スイツチ
Transcription by mike_s_6
詩作に取り組み中のS嬢が「どうしよう、スイッチが入らない!」と叫んだ。スイッチとはこの場合、頭の中の「創作するぞボタン」のことである。
自分の頭の中でどんなふうに創 作活動が行われているがを説明するのに、以前、曲の入ったカセットが降ってくる、と書いた。その後取材先のいろいろな人から、天才は違いますねなどとウソ さむい褒められ方をしたが、スイッチのオンオフに才能のあるなしはたぶん関係ないのだ。みんなの期待を裏切って申し訳ないけれど、世に霊感に打たれるとい うような、人知の向こうから素晴らしい何かがやってくる神秘の働きとはちがう。どんな感覚かというと。
たとえば。ゲームに夢中になって、画面を見たら無意識に手が動くほどに熱中し、ベッドに入ってもゲームの一場面が頭の中をループしてしまうようなとき。
たとえば。夜中まで仕事をしてハイな気分になり、普段なら大しておもしろくない一言に笑いが止まらなくなるとき。
たとえば。飼い猫が死んで、その猫が好きだった鳥ササミのパックで見かけただけで、涙が出てしまうようなとき。
スイッチは入っちまってる。
脳のなかの、理性をつかさどる部分や言語野をすっとばし、神経が最短距離で行動と繋がってしまう。そのあいだ、頭のなかは真っ白、なーんにも考えてない。目で見たと同時に手が動く、というのに近い。あ、あたし今、理性をすっとばした!と、その瞬間がハッキリとわかる。だってそうなってるときって気持ちいいん だもん。曲を作ったり詩を書いたりする人なら、きっとおなじみの感覚だ。スイッチさえ入れば、いつでも曲なんてできる。頭で頑張って作るのとは違うから疲 れも感じない。
ところがもちろん、なかなか大事なスイッチが入らないときがある。仕方がないのでプロとしては技術でいじくりまわすわけだ が、まあ、そんなやり方をして素晴らしかった試しはない。そういう日が続くと、才能がないのでは、もうネタが尽きたのではと自信がなくなって、余計にス イッチは入りにくくなる。
でも、限りあるネタの泉を日々汲み上げているのではなく、ササミを見て泣けるその涙が尽きないように夜通しゲームをやっても疲れ ないのと同じように、「その感覚」を取り戻せばいいだけなのだ。そうやって、まだ形になってないけれど目の前にあるものを、掘り出す気分を思い出す。
スイッチが入ってるときには自分だけが王様で、周りのだれがこう言った、いつまでに何を仕上げなければ、という日々のストレスからすっかり開放され、ものすごく「いい気」になっている。それでお金がもらえるのだから、こんなのいい都合は他にないと思う。
